東京高等裁判所 平成10年(ネ)430号 判決 1999年11月29日
控訴人
濱正樹
被控訴人(原告)
三村信一
主文
一 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二事案の概要
事案の概要は、原判決書二枚目裏一行目の「注視義務」を「注意義務」に改めるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 争いのない事実」「第三 原告の主張」「第四 被告の主張」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第三証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第四当裁判所の判断
一 甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証、第一九ないし第二二号証、乙第一ないし第五号証、第八号証の三六、第一〇号証の一ないし二一、第一五号証、証人三村興三(第一回)、同小林輝男、同濱栄子、控訴人本人、被控訴人本人(第一回)、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。(以下、特に断らない限り証人三村興三及び被控訴人本人は第一回の証言及び供述をいう。)。
1 控訴人と被控訴人とは、中学校時代からのいわゆるバイク仲間であり、本件事故当日も誘い合って勝沼町の直線道路で若者が行う「ゼロヨン」を見に行くことになっていた。被控訴人は平成四年五月ころ普通自動車免許を取得し、普通自動車を購入して通勤や遊びに利用していたが、平成五年六月にスポーツカータイプの本件自動車(ニッサンスカイラインGTR二六〇〇cc)に買い替えた。本件事故当日、被控訴人は午後七条一五分ころ本件自動車を運転して自宅から控訴人宅に向かい、帰宅してきた控訴人と合流して友人宅に出かけたが、不在であったため控訴人とともに本件自動車で更に別の友人宅に向かう途中で午後九時一〇分ころ本件事故が発生した(この時点で被控訴人と控訴人のいずれが本件自動車を運転していたかが争点である。)。
2 本件自動車は南北に走る路肩を含む幅員六・四メートルの直線道路を北進していたが、本件現場で道路右側に沿って設置されていた高さ約四〇センチメートルの石垣を乗り越えて道路の右側に逸脱し、草が生い茂る田地(以下「本件草地」という。)を右斜め前方に進んだ上、前方を斜めに遮るように設置されている進入路の石垣(高さ約一メートル)に前部を激突させ、その際自動車の左前部が右前部より先に石垣に衝突したため自動車全体に右回りの回転運動が生じ、それとともに上下反転運動が生じた結果、後部を少し右に移動させながら大きく上に跳ね上げ自動車全体が前方にとんぼ返りをするように半回転し、そのまま前方の電柱に自動車天井(ルーフ)左側後部を衝突させ、電柱の東側に仰向けになって停止した。
3 事故後まもなく現場を通りかかった小林輝男は本件事故に気づいて近くの公衆電話から救急車を呼んだ。一方、控訴人は事故直後に本件現場を離れてすぐ近くの自宅まで歩いて戻っていたが、受傷して戻った控訴人の様子に驚いた控訴人の母親が本件事故現場に駆けつけたところ、まだ救急車は来ておらず、本件自動車の運転席ドアは閉まっていたが助手席ドアは開いており、車内には被控訴人が仰向けになり頭部を助手席側に足を運転席側にして倒れていたので、その場の何人かが力を合わせて運転席側ドアを開け被控訴人を運び出した。
4 本件事故により、控訴人は右鎖骨骨折、前額部挫創、前胸部擦過傷の傷害を、被控訴人は頭蓋底骨折、気脳症、脳挫傷、顔面挫創等の傷害をそれぞれ負った。
5 本件事故後、甲府警察署の警察官は平成五年一〇月二九日に本件自動車の実況見分を実施した。その際の本件自動車は、前部が大破し前後左右の窓ガラスが破損して天井や左後部が大きく変形していたが、左右のドアには大きな損傷や変形は見られなかった。またその際に採取した、<1>ハンドル左側に付着している血痕様のものをガーゼ片で採取したもの、<2>フロントガラスに貼付の車検証票に付着している血痕様のもの、<3>運転席側フロントガラス内側に付着している血痕様のものをガーゼ片で採取したもの、<4>後部座席右側シート上の帽子のひさし内側に付着している血痕様のもの、<5>助手席側天井に付着している血痕様のものをガーゼ片で採取したもの、<6>助手席側フロントガラス内側に付着している血痕様のものをガーゼ片で採取したもの、<7>運転席側天井に付着している血痕様のものをガーゼ片で採取したものの七資料を山梨県警察本部刑事部科学捜査研究所において鑑定したところ、<1>ないし<4>の血液の血液型はおそらくO型と思われ、<5>、<6>の血液の血液型はおそらくA型と思われ、<7>については特定できない旨の結論が出た。右鑑定の際に合わせて控訴人及び被控訴人の唾液により血液型の鑑定をしたところ、控訴人はA型、被控訴人はO型であることが判明した。
6 控訴人の身長は約一七八センチメートル、被控訴人の身長は約一六二センチメートルである。
平成五年六月二七日ころに撮影した本件自動車の写真(乙第一〇号証の三)及び同年一〇月二九日に実施された実況見分時に撮影した本件自動車の写真(甲第二号証の三の番号二七、二八)によると、いずれの時点でも本件自動車の運転席の座席が助手席の座席より前方の位置に設定されているようにみられる。なお、控訴人及び被控訴人はいずれも本件自動車に乗車している間シートベルトを着用していなかった。
二 右認定事実に基づいて本件事故当時に本件自動車を運転していた者が控訴人と被控訴人のいずれであったのか検討する。
まず力学的にみると、本件自動車が前記のような態勢で前記高さ約一メートルの石垣に激突した場合には、衝突による前方向からの強い制動力により車内の乗員に前方への強い力が働くほか、自動車が右回りに回転することに伴い左斜め前方への弱い力が働くことが考えられ(乙第一四号証)、衝突以前に本件自動車が本件草地を右斜め前方に滑走していた場合には乗員に右斜め前方への弱い力が働くことが考えられる(鑑定の結果)。しかし、これら左右方向への作用は大きなものでないと考えられるから、そのことで本件自動車の運転席にいた者が車外に放出されるとか、助手席にいた者が運転席側に移動するということは考え難く、その後本件自動車が前方に半回転して天井左後部が電柱に衝突した際にも乗員に大きな右方向への力が作用したことは考えられない(乙第一四号証、鑑定の結果)。本件自動車が路外に逸脱して最初に低い石垣を乗り越えた時点でも自動車に相当の衝撃が加わっていることが考えられるが、本件自動車が高さ約一メートルの石垣と衝突するまでの間本件草地をそのまま直線的に進行していることからすると、最初に石垣を乗り越えた時点で乗員に左右方向の強い力が加わったとみることはできない。
また本件自動車は前方に半回転したものの左右に横転したことはなく、このような自動車の移動の間に狭い車内で乗員の位置が入れ替わることは通常考えることができないから、運転席にいた者が助手席にいた者と入れ替わって助手席から車外に放出された(あるいは自力で脱出した)と考えることは合理的な根拠がない。そして、本件自動車の運転席、助手席いずれのドアにも大きな損傷がなく、かつ電柱に衝突して仰向けに停止した時点で運転席のドアは閉まっていたことは前記のとおりであるから、前記考察の結果にこの事実を合わせてみると、助手席に乗車していた乗員が開いた助手席のドアから放出され又は自力で脱出したと考えるのが自然であり、本件事故の過程で本件自動車の運転席にいた者が開いた運転席側のドアから車外に放出されたことや、その後再び運転席のドアが閉じたことは、合理的根拠がなく想定することが困難である。これらを総合すると、本件自動車を運転していた被控訴人が車内に残され、助手席に乗車していた控訴人は本件事故後自力でドアを開いて車外に出たか事故の過程で開いたドアから車外に放出されたものと推認するのが相当である。
そして前記血液鑑定の結果によると、本件自動車の助手席側天井に付着している血痕様のもの及び助手席側フロントガラス内側に付着している血痕様のものから検出された血液型はいずれも控訴人の血液型と同じA型であること、反対に、ハンドル左側、フロントガラスに貼付の車検証票、運転席側フロントガラス内側及び後部座席右側シート上の帽子のひさし内側にそれぞれ付着している血痕様のものから検出された血液型はいずれも被控訴人の血液型と同じO型であることが強く推測される。また座席の位置についてみても、運転席の座席は助手席の座席より前方の位置に設定されており、その位置からみて控訴人より背の低い被控訴人が運転していたと考えるのが合理的である(乙第一五号証、鑑定の結果)。これらの反証を全く許さないほどに確固たるものではないが、いずれも被控訴人が本件自動車を運転していたとする前記推認を裏付けるものである(前記血液鑑定は各資料の血液型を断定するものではないがこれに反する証拠はなく、また乙第一六号証によると本件事故の過程で座席の位置に変動がなかったことが推測でき、本件事故後写真撮影時までの間に座席の位置が変更されたことを窺わせる証拠はない。)。
三 以上に対し、被控訴人は控訴人が本件自動車を運転していた旨主張する。しかし、被控訴人の主張に沿う証拠は証人三村興三の証言と被控訴人本人の供述があるのみであり、これを積極的に裏付ける客観的な証拠はない。また被控訴人本人は見舞いに訪れた控訴人が被控訴人に謝罪した旨供述し、証人三村興三はこれに沿う証言をしているが、控訴人本人はこの事実を否定し、見舞いに行った際の被控訴人はいろいろおかしなことを言っていた旨供述しているところ、甲第一号証中の看護記録によるとこれに沿う事実を認めることができるから、右被控訴人本人の供述等を直ちに採用することは困難である。更に甲第一号証、控訴人及び被控訴人各本人の供述及び弁論の全趣旨によると、両名とも本件事故の影響で事故前後の記憶が十分喚起できない状態にあることが窺われるところである。そうすると、前記力学的見地その他の検討結果と相容れない事実関係を述べる証人三村興三の証言及び被控訴人本人の供述は容易に採用することができないといわなければならない。
四 以上によると、本件事故当時本件自動車を運転していたのは被控訴人自身であった可能性が強く、控訴人が本件自動車を運転中に本件事故を起こした旨の被控訴人主張の事実はこれを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
第五結論
よって、原判決は不当であるから、これを取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村正人 宮岡章 笠井勝彦)